2009年10月25日日曜日

02-66.いきものがかり

生き物好きのアスカ。

既にわが家には彼女と同じ年生まれの犬のちゃっぴーがいるのですが、小鳥を飼いたいと言うので、「つばさ」と「みう」という二羽の十姉妹を飼いはじめ、彼女がお世話をしたのがほんの1週間程度。いまではすっかり父と私が世話を続けています。さらには、地元の祭りで金魚すくいにチャレンジし、おまけでもらってきた金魚が19匹。これも私が飼育担当になっています。

こうして、わが家には十分にお世話に値する可愛い生き物たちがいるにもかかわらず、アスカは近所の散歩でよく会う子犬の親子を溺愛している始末で、困ったものです。

振り返れば、私が子供の頃も様々な生き物を飼い始めたのはいいけれど、結局世話を親任せにしていたような気がします。長続きしないのは、子供の習性なんでしょうかね?そのくせ、次々と道端に捨てられている犬や猫の子を拾ってきては、親に「返してこい!!」と叱られていました。昔は、捨て犬や捨て猫が多かったものです。そして、やがて家では飼えないことがわかり、悪知恵がついてくると、「他所で飼えばいいんだ!」と秘密基地をつくって密かに飼ったりしていたものです。

例えば、私が通っていた小学校は村の分校で、自宅から歩いて5分もかからないこじんまりした建物でした。運動場を囲む形で低学年用の教室棟、高学年用教室と職員室棟、講堂、幼稚園があって、私が秘密基地に選んだのは、同じ敷地内の斜面を利用して建っていた小さな教材倉庫でした。

常に施錠されたこの倉庫には、体育で使用するマットや跳び箱などの他に、なぜかハブや動物の胎児のホルマリン漬けなんていう怪しげなものも垣間見られ、子供心にそそられる世界だったのでした。ある日、その倉庫の裏手で遊んでいると、偶然にもツルハシとスコップが置き忘れてあって、これで斜面を掘り進んでいくと、倉庫の真下から中に入って、心ゆくまで色々と観察できるんじゃないか?と思いつき、毎日せっせと掘り進んでは、ツルハシとスコップを茂みの中に隠しておいたのでした。

やがて斜面には結構なトンネルができました。そこに友人と一緒に捨て犬を隠して育てていたことが発覚し、倉庫の基礎自体もかなり危うくなっていたらしく、厳しく叱られたことが思い出されます。

そんな小学校も、私が卒業して二年後には学校統合により廃校になってしまい、倉庫は中身を低学年用棟に移してすぐ取り壊されてしまいました。

こうして、私にとっては新たな謎を秘めたまま低学年用棟は閉鎖され続けたのですが、数週間前に工事用車が入ったかと思えば、あっという間に更地になってしまいました。聞くところによると、地元の物産店をつくるのだとか。

すっかり見通し良くなった空間を眺めながらも、気になるのはあの倉庫の中にあったもののこと。

生き物係から派生して、えらいところに思い出話が飛んでいってしまいました。しかし、いま子供がやったら、相当な弁償額を請求されるかもしれませんね。

2009年10月19日月曜日

02-65.お子様とちゃうもん!

祭娘

小学校生活にも随分慣れて、何となく自我の芽生えというか、意識の変化がはっきりと見受けられるようになってきたアスカ。

例えば、洋服や持ち物もこれまでのように親が選んだお仕着せのものではなく、自分で選んで買うことを主張するようになってきました。しかもアニメのキャラ物などには、「まるでこどもみたいやから、はずかしいわ」と見向きもせず、結構渋いデザインのものや、飽きのこないものを選ぶようになってきました。

今日も、愛用のお茶碗が割れてしまったので自分で選ぶというので買いに出かけたところ、棚からあれこれと茶碗を取り上げてみて(親としてはうっかり落としてしまわないか、かなりドキドキ!!)、白地に小さな四つ葉のクローバーの柄がほんの少し入った茶碗を取り上げて、「おおきさもてごろやし、このがらすきやから、これにするわ!」と決めてしまったのでした。

また、以前は外食に行けば、決まっておもちゃやおやつ付きのお子様ランチ的な料理を好んでいたのに、「うっわー、ちっちゃいわ~!こんなんたべてられへん!」と言うくらいで、何でも大人と同じ一人前を注文しては、すっかり平らげるほど逞しさを見せてくれるようになりました。

趣味の世界にも凝り出したのか、突然「自分だけの秘密基地」が欲しいと言ってみたり、棚に眠っているフィルムカメラを持ち出してきて、「デジカメじゃなくて、これでとりたいの!」と言いつつ、新たなフィルムと電池をねだってみたり。自分の考えをちゃんと主張できるようになり、また文章に書くこともかなり上達しています。

そんな折に、彼女が同級生のお友達の誕生日を祝って贈った手紙を読ませてもらう機会がありました。

○○ちゃん、おたんじょうびおめでとう。○○ちゃんは、あきうまれだね。アスカは、なつうまれだよ。あきもなつもいいね。でももうすこししたら、ふゆがくるよ。ふゆもいいね。そしてはるもいいよ。うまれてきて、よかったね。○○ちゃん、おたんじょうびおめでとう

親ばかなんでしょうが、何だか深みのあるお祝いの言葉のように感じました。先方のお母さんも大変喜んでおられて、「すてきなお手紙をありがとう。彼女はかなり文才があるね」と褒めてくださいました。

こうして、少しづつお子様世界から脱皮し始めているアスカを見守ることで、大人も何かしら成長できるのかしら?と思ったりしているこの頃です。

2009年10月18日日曜日

02-65.うんどうかい

ちょっと更新が滞っていますが。

小学校の運動会も無事終了しました。開催された日はものすごく暑い日で、開会式の最中から倒れる子供もちらほら、大人も炎天下でふらふらな状態でした。そんななかでも、アスカは、ラジオ体操・ダンス・リレー・障害物走・綱引き・応援合戦に張り切って参加し、すべてにおいて、保育園の時よりもしっかりと、たくましくなった姿を見せてくれました。

小学校の運動会は、全校生徒が赤青黄緑に分かれて、総合得点を競い合うしくみです。アスカは赤組で、上級生の指示のもと、一生懸命ポンポンを振りつつ応援の言葉を叫んでいました。

結局、本番さながらの予行練習では赤組が優勝したものの、運動会本番では3位に終わってしまったのだとか。前半は青組と首位を争っていたのですが、あまりの暑さに参ってしまったのかも。アスカは帰宅するなり、かなり落ち込んだ様子でしたが、やがて「また来年がんばるわ!」と気を取り直してくれました。

ところで今回の運動会は、運悪く夫の仕事の予定と重なってしまい、少しでも見に行けたら!と会議が終わって急いで帰ってきたものの、ちょうど運動会も閉会してしまったところでした。周囲は「あと5年もあるのだから」と言っているのですが、かなり残念がっていた夫でありました。

思えば私が小学生の頃は、まさに日本全体が経済成長真っ直中!という状態であり、たまたま父の会社の棚卸し時期と重なっていたため、たぶん一度も運動会に来てもらえなかったはずで、親子競技といえば父代わりしてくれる他所のお父さんがいたくらいでした。
そんな思い出話などもしながら、盛り上がった運動会でありました。

02-64.落ちこぼれ

田舎への転居と子育てへの専念を理由に、それまでの仕事を辞めて約半年が経ちました。
とはいえ、5月くらいまでは前業務の残務処理が残っていたり、農作業の最盛期を迎えていたり、アスカの小学校入学と共に始まった新生活に馴れるまでの過程により、慌ただしく過ごしていたのがやがて落ち着き、夏休みに突入してからは、ゆっくりと仕事復帰に向けてリハビリを行っていけばいいのでは?と思い始めるようになりました。

どうやら私はかなり重度のワーカホリックのようで、常に何らかの仕事がないと地に足がついているような気がしないのでした。
そこで午前中か午後早い時間に終了する仕事を探して当面は社会復帰のリハビリを...と考えていたものの、たまたまハローワークで勧められた隣町の市役所の仕事に応募し、それがフルタイムであることにかなり戸惑いを覚えつつも採用となって9月末までの条件で勤務しています。

行ってみればなんとかなるもので、朝はアスカより早く出勤するのですが、フルタイムを勤め終え、夕飯の買い物をしながら帰宅し、日の高い間はちょっとした畑の手伝いもできて、そこから夕食を作って、夜はアスカの宿題を見るという慌ただしい時間の過ごし方も苦にならなくなりましたし、何よりも仕事そのものが急いでこなしすぎるようで、暇を持て余し気味なのです。
職員さん達からは「仕事が早すぎる!」と驚かれ、パートの同僚からは「もうちょっとのんびりやったら?」とアドバイスされるのですが、性分なのかどうもうまくいかず、与えられる仕事をただ待つ苦痛に身もだえしそうなくらいなのです。幸い、その働きが認められて、これから多忙になる他部署で11月からの採用も内定しています。

さすが地元に近い役所のことで、幼なじみや高校時代の同級生の数人がここに就職し、既に皆管理職になっているわけで、近況を話したところ、「なんで、まだ小学生になったばかりの子供がいるの?」と驚かれています。
確かにひとつの職場で継続して勤めていれば、それなりの立場にもつけたかもしれない。しかも早いうちに結婚・出産を経験していれば、そろそろ子離れの時期を迎え、あとは老後を考えるだけなのかもしれない。
なによりも、自分がそんな年齢になっていたのだなあ...としみじみ気づかされたわけです。そして、「これまでにあったいくつかの分岐点」を、もし別の方向に曲がっていたなら...?と考えたりしてしまうこともあるわけです。(どうにもならないことですけれど)

そんなわけで、十分中年の域に突入しながらも相変わらず青年のように試行錯誤を繰り返し、考え疲れた時には「けど、なるようになるわさ!」といきなり開き直ったりしながら、しぶとく生きています。要は、毎日うまい酒が飲めればいいの!!って。何よりも、その時々で私が選択してきた道ですからね。

落ちこぼれ
和菓子の名につけたいようなやさしさ
落ちこぼれ
いまは自嘲や出来そこないの謂
落ちこぼれないための
ばかばかしくも切ない修業
落ちこぼれにこそ
魅力も風合いも薫るのに

落ちこぼれ
結果ではなく
落ちこぼれ
華々しい意志であれ (茨木のり子)